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2023年11月の記事一覧

【生物部】11月27日(月)フィールドワーク「晩秋の学校脇」

11月27日(月)フィールドワーク「晩秋の学校脇」

 また大分間が空いてしまいました。日が落ちるのもかなり早くなり、一方、世話する対象の生物も少し増え、ゆっくり全て世話をしていると、全員終わったころには外出をためらう暗さになってしまいます。

 今日は、途中で切って、世話の続きは帰ってきてから、ということにしてなかばむりやりフィールドワークにでかけました。

 最初のネタは「落ち葉」。写真は学校の脇の民家ですが、民家の方がどう、という話ではありません、明言しておきます。

 日本は、世界的にも「栄養土壌」、つまり植物が自身を支える目的ではなく栄養を得るために根をはれる土の深さが深い国です。その深さ、平均40cmから60cm。一見、自然が超豊かで土壌も豊かであろうと思われがちな熱帯雨林などは、分解サイクルがあまりにも早く、かつ冬という休眠期もないために、「土」ができるひまがなく、栄養土壌は5cmから10cmと言われ、その下はラテライトという砂や小石の層になってしまう、と学んだことがあります。

 ではなぜ日本はそれほど土壌が豊かなのか。落葉広葉樹が多く、冬に大量の落ち葉が地面に積もり、これが良質の土に変わるサイクルが毎年あるからとのこと。

 しかるに、昨今の異常気象、先週はスペインで35度越えだとか。SDGsが叫ばれる中、雑木林ならいざしらず、どうしても学校や公園や民家などでは、落ち葉は「ゴミ」として扱われます。まとめて積んでおくだけで、数か月で土に変わり、物量的にも元通りの地面にもどるはずですが、わざわざ、わざわざ、植物が地面に繋ぎとめた炭素を燃やして温室効果ガスとして空気中に放出するわけです。極々個人的には、我が家の庭から出る有機物は今や100%、なんなら風で寄せられてくるよその家由来の落ち葉すら合わせますから100数%、1枚もゴミには出しません。庭でたい肥化したり、大きな袋にしまって保管し、1年かけて温室内の床材などに活用しております。…しかし、生徒たちも学ばねばならないのは、ではこういったことを声高に叫べるかといいますと、それはなかなか難しいという事。たかだか100年程度ではありますが、構築された今の日本の社会や文化の在り方の中で、特に市街地の公共スペースや集合住宅などではこういったマネは住人的に不可能にちかいでしょう。人間の弱さか、世界はそれどころではない状況ですが、幸運にもほぼ例年通りの気候で安穏としているここ埼玉では、こうしてSNSで呟いてみるのが関の山。

 さて次のネタは、淡水域に生息する生物の生息環境の脆弱さ、狭さについて。同じ写真です。

 この地球の30パーセントを占める陸地にすむ我々、とりあえず陸上にいれば、すぐに死ぬことはありません。海洋の生物も、海水中にいれば、とりあえずすぐに死ぬわけではありません。では、淡水の水棲生物は?写真でケヤキの下、ブロック塀の外に溝が見えますが、ここはほぼ1年中ぎりぎり水があり、カダヤシやタニシ、ザリガニなどがしぶとく越冬します。しかし今は乾いてしまっています。規模的にも、造成すれば一発、重機でものの数時間でなかったことにできてしまうような小さな世界です。

 今日日、こういった狭い世界に最後の個体群が閉じ込められ、それらが滅べばその種は絶滅、といったケースが増えているようです。例として話に出したのは、小さい環境がロマンチックなケースと、目の前の普遍的なケース。前者はまず、国内ではニホンザリガニの南限の話。まだ北海道には広く生息しますが(それも今年の夏のクレイジーな暑さでどうなったか心配、20℃程度で暑すぎるという寒い環境の生物なのです)、本州の分布は青森、秋田、岩手までで、確か岩手県のどこかに国内生息地南限があったかと。民家の裏手の、ほんの長さが数十メートルほどしかない、幅も水の流れで30cmあるかどうかくらいの、細い水路です。あんなの、それこそ人間1人の数時間の作業で絶滅させられる脆弱な環境です。

 次は、昔NHKの地球大紀行だか生き物地球紀行だかで見た話で、アメリカの中部、見渡す限りの平原に点在する小さな泉、そう、大きさも人ひとりつかれるかどうかの浴槽より小さな泉にすむ魚が、その泉にしかいない孤立した種で、泉と運命を共にする状態、というもの。きっともう絶滅してしまっているだろうな…最後は、アメリカはキャニオンランド国立公園で、際限なく広がる多種多様な奇岩の中で、雨が降ると水がたまるくぼみがたくさんある岩場の話。なんと、年に1回、雨季に雨が降り、くぼみに水がたまると、速攻で卵が孵化し、速攻で数回脱皮し、水が乾くまでに交尾して産卵まで済ませるエビの仲間がいるのです。その後ほぼ1年間、次回の雨までまた卵の状態で休眠する…これ、映像でも見たことがあります。そして今、思えば、このエビが住む環境、破壊はいとも簡単ですよね。意図的にやるなら、ブラシか雑巾か何かでそのくぼみをゴシゴシふき取ってしまえば、恐らく一発でしょう。あるいはハイカー(ここにいるはずないことを願いつつ)が何も知らずにコーラか何かの飲み残しをこのくぼみへ気まぐれに注ぐとか…

 まあこれらは聞くだにロマンチックな特殊な案件ですが、さて目の前の乾いた水路。カダヤシもタニシもアメリカザリガニもドジョウもメダカもモツゴも、種としてはこの水路の個体群が絶滅しようともびくともしないくらい、こうした一時的水域から大きな河川まで含めて十分な個体数が生き延び続けています。ですので、こうしたメジャーな生物たちの絶滅を心配しているのではなく、水路を目の当たりにしてつくづく「簡単にどうにでもなっちまう」環境だなあ、という気持ちを部員たちと共有したいと思ったのです。大きな河川にしましても、私達は河川の下に平気でトンネルを掘れます。河川の水底の下の下は、いったいどうなっているのか。水浸しなのだろうか。恐らくそうではなく、もちろん水分が飽和状態になった層がまずあり、その下には水をあまり通さない岩盤などがあり、つまり河川はこの大地の表面の、とても薄い環境にあるものなのでは…そして水の出所は雲と雨ですから、山に降った雨が地層や小川を経て大きな河川に集まり、そうした状況が千年も万年も続いているからこその、そこへ入り込んでずっとずっと生きている水生生物たちなのだろうと。

 危うい!危ういがゆえに、ロマンチックで、ずっと継続してほしい!今の日本では一時的水域は冬季にかなり厳しい環境になりますが、負けずにたくましくこの冬をまた乗り越えて欲しい!

 次は、田んぼに見つけた穴です。

何の穴だか、いくつか予想が出ましたが、答えはアメリカザリガニです。

 

始めのピンボケした写真ですが、実際に穴の中をのぞくと、大きめの縦穴を中からと言いますか下から塞ごうと泥を上へ上へ寄せている跡が見られます。でも蓋をするには至らないケース。次の写真は、田んぼの地面にバラの花のような土の盛り上がりがあって、それをどけた様子です。どけて裏返ってしまった蓋の裏が、穴の右上に見えています。どける前の写真はアップで撮り忘れました。遠めですが、3枚目の写真で部員たちの視線の先に泥の塊が丸く見えますでしょうか。モグラだという部員もいましたが、モグラの作る塚はもっとぽろぽろした土が綺麗な山になる感じです。

  アメリカザリガニはこうして湿地に深い縦穴を掘り、その縦穴の底には水が溜まっていて、そこでひと冬過ごせるのです。経験では、春先にこうした穴に素手を突っ込み、ザリガニを引っ張り出すと、一定の割合でメスが卵を抱いています。

 いずれにせよザリガニはこの能力があるので、日本の一時的水域に住み着いてしまっても、冬に単純に死ぬことはなく、しぶとく生き残れるのです。また、実際には数回しか見かけたことはありませんが、ドジョウなども冬に乾燥しきらない泥の中で越冬できますし、フナなどもそうして頑張るケースを読んだ事があります。まるでアフリカのハイギョのようで格好いいですね!

 アメリカはルイジアナ州、ヒューストンのNASAの公園で、本物のロケットが横倒しにどかんと展示されている芝生の広場には、アメリカザリガニがやはり穴を掘って住んでおりますし、住宅街の民家の庭先の芝生にも同じように住んでいたりします。この辺りはもともと、テキサス州右端から続く広大な湿地帯ですので、こういったロマンチックなケースが見かけられるのです。みかけられました、40年くらい前は(今はどうなっているか分かりませんが)。

 

 この後は、写真はだいぶ明るく写っていますが、実際はだいぶ暗くなってきまして、イネ科の雑草のオヒシバとメヒシバを見比べたり、農薬でびっ〇もー〇ーされて枯れた畔とそうでない畔を見比べたり、日照時間や気温などで根、茎、花穂と成長部位が移り変わる野草の実例を示したりして、戻ることにしました。

 いつもの水路は(写真ですと明るい!)暗い中よく見ると水面が盛んに動きますので、この一角にはまだ越冬前の魚がふんだんにいるようでした。

 帰りがけに園芸の話。

本校の外周に植わっているヒノキの仲間ですが(多分カイズカイブキ)、昔は普通の樹形でしたが大きくなりすぎてだいぶ前に強剪定を受け、結果として風の谷の〇ウ〇カに出て来る腐海の植物みたいになってしまいました。本来は、燃え盛る炎がそのまま止まって固まったような樹形になる針葉樹です。園芸では学名を使ってこの仲間をひろく「コニファー」と呼んでいますが、コニファーの特徴として「2年以上経った古い枝からは新芽が出ない(剪定本受け売り)」のです。私も実家や自宅で実際に体験しておりますが、なるほど確かに古い枝からはほとんど新芽が出ませんので、毎年一定の剪定をすることをおこたり、ある年に一気に大きく切りすぎると、その後、樹形は元に戻せませんし、下手をすると新芽が出ず枯死してしまいます。本校のヒノキも、何本も枯れてしまっています。写真の丸いカットは、業務主事さん達がうまくやった結果でしょう。原型は想像もつかない新しい樹形に生まれ変わって生き延びています。ちょうど、正門の道を挟んで反対側にある浄水場?に、本来に近い樹形のヒノキ数本と、全体をキノコ型に刈られたヒノキが数本ずつあって、全部で3タイプを見比べてもらうことができました。

 

久しぶりに長文ばかりのブログになってしまいました。

次回はいつ外へ行けるか…冬場は平日放課後のフィールドワークが難しいです!

 

 

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